趣味でピアノを弾かれている方で、もっと上手になりたい、もっと専門的に学びたい、と考えておられる方も少なくないことと思います。私の元にもそうおっしゃってレッスンにいらっしゃる大人の生徒さんも数多くいらっしゃいます。そういった生徒さんたちのほとんどが派手目な難曲にチャレンジしたがりますが、私は基本的にはそれを止めません。しかし基礎力不足で大曲に挑んでもその先に待ち受けているものは挫折のみです。でもその挫折と直面することも悪くないと私は思うので、止めません。立ちはだかる大きな壁の前で「この壁を越える為に必要なテクニックはこれとこれとこれですよ〜」と言われれば、そのテクニックが欲しくて手を伸ばしますよね。そうやって自ら望んで手を伸ばした時が絶好の学び時だと思うからです。
でももしも、これを読んでくださっているそこの貴方が「どうしても大きな挫折は避けたい!」「自分は石橋を叩いて渡る派なので大きな壁は極力避けたい!」「遠回りはしたくない!」と言うのであれば、私は『順を追って学ぶ』ことを強くお勧めします。
順を追って学ぶことの重要性
順を追うとはどういう意味かと言いますと、重要とされる作曲者を世代順に、1人の作曲家の作品も作曲された年代順に、順を追うのです。1人の作曲家の持つ作曲技法も、作曲家ごとの技法や特性も、全てが鍵盤楽器そのものと共に時を経て発展してきたことは想像するに易いかと思います。それらをなぜ古いものから学んだ方が良いのかと言うと、古いものの方がよりシンプルに作られているからです。
作曲家ごとに比較するならば、和音使いも、旋律の装飾法も、楽器の性能も、演奏を披露する場も、先に生まれた人の方がシンプルなので勉強する項目が少ないと言えるかと思います。なのでバイエル等の基礎教則本を終えたらブルグミュラーやソナチネアルバムを学び、バッハの2声インベンションを学び、ハイドンやモーツァルトのソナタ、メンデルスゾーンの無言歌、ショパンのワルツ、ベートーヴェンのソナタとこの辺りを勉強するのが音大受験生が皆さん通る道かと思います。
意識の切り替え
ブルグミュラーで基礎的な旋律の歌い方、伴奏形と旋律ラインとの音量バランス、ダイナミクス等の会得を目指すわけですが、それまでの教則本ではインプットが目的だったのに対して、ここからはアウトプットという果てしない目標へとゴールの設定が変わります。自分がどう弾くかではなく『聴く人にどう聴こえるか』が最重要事項となるのです。
その意識の切り替えができなければ、どんなに難しい曲にチャレンジしたところで聴くに耐えない演奏までしか仕上がらないことでしょう。どんなに頑張って弾いたところでそれはただの自己満足にすぎません。その演奏を聴きたいと思ってお金と貴重な時間と労力を費やして聴きに来てくれる人はあまりいないことでしょう。
クレッシェンドは次第に大きく弾くことが必要なのではなく、次第に大きくなったと聴こえることが必要なのです。
お金をいただくかどうかはさて置いても、せっかくピアノを練習するのなら、やはり誰かに聴いてもらいたいでしょうし、少しでも良い演奏をしたいと考えるのが普通の人間心理かと思います。一曲をより豊かに聴かせる為に必要となる知識やテクニックの量は、できるだけ少ない方が会得に至るまでの壁も低くて済みますよね。
一曲に含まれる技法の引き出しの数
後から新しく出てきた作曲家たちは自分より上の世代の作品から学び、そこに新たな技法を考案してプラスしたわけですから、順を追って学ぶことで「ここはあの作曲家のあの技法ね!」が沢山出てきて、「これが新しい技法か!」となるのですから、その新しい技法を重点的に学べば良いわけです。
ブラームスのピアノ曲を学ぶ際には3/10のバッハの技法と、1/10のショパン、1/10のシューマン、2/10のその他の著名作曲家の技法があれば、新しく3/10のブラームスを埋めれば良いわけですね。(比率は武田朋子が勝手に即席で考えたものです)
引き出しの分別とスタンバイ
順を追って学んでいれば、一曲の大半が過去に会得したテクニックの引き出しを探し出して開けるだけで良いのです。そして新たにいくつかのテクニックを入れておく引き出しを作れば良いですよね。その引き出しをきちんと分別していつでも開けられるようにスタンバイしておくことが大切なのだと思います。
様々なテクニックごとに作られた練習曲が収められた楽譜集を使うのも有効かと思います。子供から大人まで使える、わかりやすく書かれている教則本としてはバーナムピアノテクニックが代表的かと思います。
より充実したピアノライフとなりますように。